小説(短編)

「春のひまわり 春のアサガオ」 6

 夏という季節はテンションが上がるからなのだろうか、人は無理矢理にでも恋をしようとする。無理矢理人を好きになるのなんて恋愛じゃないのにと半分冷めた気持ちで夏を見つめていた私は、街に落ち着きが戻ってきた秋を歩く。

 男性は苦手なはずだったスズカでさえ、夏に胸を躍らせて舞い上がった。スズカの好きだった男は色白でまるで女の子みたいな男だそうだけれど、だからこそ多分今までの人生に於いてもモテまくっていたのだろう。モテまくっていたから、女の子 の想い、一人の人間がどう人を好きになっていくかなんて事は考えた事なんてないのだろう。そんな男は、同じように男の気持ちや想いなど考えもしない女と付き合って、何ヶ月かでまた乗り換えていればいいんだ。そういう遊びは出来ない子を巻き込むなと、私は怒りを込めながら思う。
 スズカは好きになる相手を間違えたのだ。まだ男の事などよくわかっていないスズカだから、それは仕方がないのかもしれない。ただ、今まで男を苦手としてきた子が初めて好きになる相手としては相手が悪かった。トラウマになるのではないか?それが一番心配なのだ。

 スズカは学校に来なくなった。心配してメールをするが返信は来ない。そんなだから勿論電話もとってくれない。私は今はそっとしておく時なのだろう、そう思ったので遠回しにそういう事を書いてメールをしたあと、しばらくスズカと距離を置いていた。B型で我の強いスズカだから、あまり干渉し過ぎても良くない。
 その頃、唯にも異変が起きていた。正確に言うと起きているような気がした。私は久しぶりに唯のマンションに遊びに行く事にした。土曜日ならばという事で、私は唯の好きなフライドチキンを持ってマンションに向かった。

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「ひまわり 春のアサガオ」 5

 スズカに彼氏が出来た。信じられない事だ。それを知った日から私は何をしてもうわの空だ。スズカに話の続きを聞くのも怖いし、その後連絡は来たのかどうかも気になりながら聞けない自分がいる。ただ言えるのは、その話をしてからのスズカは日増しに暗いオーラに包まれている事だ。

 唯は最近バイトが忙しいらしい。なんのバイトをしているかは教えてくれないけれど、以前より険しくなった顔が日々の労働の疲労度を物語っていた。
 スズカも唯も相手をしてくれなくては私は一人ぼっちだ。なんとなく途中で降りた駅は大学生が大勢いた。私はふとスズカの合コン話が頭をよぎり、私も合コンにでも行ってみようかなと一瞬考えてみる。7秒後、人見知りで基本的にまず初対面の人間を疑ってかかる私にはムリだなと答えを導き出す。まあ、用心深い方が都会の荒波に飲まれにくいだろうと自分を慰めながら、大学生が行き交う見知らぬ道を歩いていた。

 その時、スズカからメールが来た。
「私、いま高田馬場という所にいるんだけどこれから会える?」
 日頃はメールを即レスしない私がすぐに返信した。
「奇遇だなあ。私もそこにいるよ今どこにいるの?目印になるものはある?」

 スズカから電話が来た。来たと同時に私の後ろの方から高いトーンの京都弁が聞こえてくる。

 見知らぬ喫茶店に入り、スズカはうつむいたままでいきなり議題を出してきた。
「うち、別れた」

 短い言葉にそれなりに事態を把握しながら、私はどう接すればいいのかを考えていた。私は実は人の恋愛話は苦手なのだ。私なんかに気の利いたアドバイスが出来るはずもないし。

「彼なあ、もう会いたくないって、うちみたいな変なオタク女はもう嫌やって」

 スズカはうつむきながら必死に涙をこらえているのはわかった。気の強い子だから、人前では泣きたくないのだろう。多分、自分が失恋した事を人に話すのだって本当は嫌かもしれない。

「でもなあ、あんたもオタクやんって言ったんよ。コスプレが趣味とか言ってたやんって。そしたらなあ、俺はお前とかお前の友達に合わせていただけだ!って言うんよ。員数合わせでオフ会に来ただけで、仕方がないから話を合わせてただけだ!って」
「もう話を合わせて好きでもない趣味の話をしたり、そういう店に連れていかれるのは苦痛なんやて。最初はうちに気に入られたくて話を合わせてたけど、もうムリだって」

 スズカにとって、おそらく初めて好きになった男性はクズだったという事か、簡単によく知らない男を外見で選ぶからだと私は思ったが、そんな本音は勿論口には出せない。スズカは本気で好きだったのだろうから、それを私がとやかく言う事は出来ない。
 しばらく沈黙が続いた二人の空気は、結局結論めいたものは何も生まず流れていった。私は「泣いて気が済むのなら、気が済むまで泣くしかないのだ」と思いながら、涙をこらえるスズカを見つめていた。

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「春のひまわり 春のアサガオ」 4

 私はスズカにいい人が出来て楽しく過ごしているなら、それで別に構わないと思っていた。ただ、秋になっても学校に姿を見せないスズカが心配になってきた。
 唯にスズカの事を聞かれた翌日、偶然とは面白いものでスズカが学校にやってきた。スズカは少しふっくらしたように見えるが、目は明るくない。昼休みに話しかけてみたが、喋ってみればいつものスズカだった。でも、目が明るくないのが気になる。

 帰りにスズカと学校の近くの公園で少し話をした。スズカが人のいない所で話がしたいというのだ。

スズカ「ウチなあ、少し前に彼氏が出来たんや。前にオタクのオフ会に出席するって言ってたやん、あれで見つけた」

私「えっ、スズカは男苦手だったよね?どういう事?」

スズカ「苦手やと思ってたんやけど、オフ会に一人いい人がおってね、最初は女の子かと思ったんよ、色白で可愛いし髪も長くて」

私「ああ、なるほど。漫画みたいな美少年がいたと」

スズカ「でなあ、その人を女の子かと思って話しかけたんよ、そしたら男だったんや(苦笑)でもな、とても楽しくていい人やったんや」

 スズカはその男の子を、好きな漫画の好みも合うし、なんだか話しやすい人だし、マメにメールくれたりして良い人なのだと言った。そして、その人と知り合ってから三回目のデートで告白されて付き合い始めたのだと言った。「彼って、アニメイトの店先で告白してきたんよ。店で探していた本を見つけてテンション高かったウチを見て、なんだか可愛かったんだって」

 私はスズカの笑顔が本当の笑顔でないような気がしていた。彼女もやはり隣に居てくれる人が欲しかったんだと思うと、頑なだったこれまでの心の壁はいったい何だったんだろうと思う反面、これで良かったんだろうかとも感じた。

「スズカ、今幸せ?」
 私は野暮な事をぶつけてみた。多分、やきもち半分、冷やかし半分。

「実はな、彼が一週間連絡くれないんや。メールも返ってこない。電話も出てくれない。家に行ってみようかと思うんやけど、なんかそれは悪いかなって」

 スズカの顔から笑みが消えた。なんか悪い事を聞いたような気もしたが、質問に対する答えにもなっていないところはスズカらしいなと、心で苦笑いした。でも、本当はどうなんだろうか?幸せなのだろうか。気になり始めたところでスズカはバイト行く時間だからと立ち上がった。

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「春のひまわり 春のアサガオ」 3

 スズカは中学高校と女子校で三人姉妹の真ん中な子だ。京都の出身で、通っていた学校は結構お嬢様学校らしい。父親は大阪の商社で働き、海外出張などで家にいない事も多く、家は母親と姉妹の女だらけの家庭だったそうだ。
 親はスズカを大学に行かせたかったみたいだけど、スズカは勉強が嫌いで毎日机に座って小説を書いているような子。勉強よりも自分の好きな事をしたくて専門学校に入ってきた。父親がスズカに甘く、最終的には父親が折れて大学進学はなくなったとスズカは笑いながら話してくれた。

 私が専門学校に入って初めて出来た友達がスズカで、4月から7月くらいまでは色んな話を二人でした。

 ・スズカは中学の時にいじめにあい、それで登校拒否になった過去がある事。
 ・そんなスズカを勇気づけたのは親でもなく、友人でもなく、実在の人間ではない漫画のキャラクターである事。
 ・高校時代、同人誌の世界にハマり、自分も同人作家デビューをし、好きな漫画やアニメのキャラで百合小説を書いてコミケなどに参加している事。

 そして、彼女は極度の男性嫌いである事。

 スズカは6月の終わりにこんな事を言っていた。
「今度、ウチの高校の時の友達の誘いで合コンに行くんよ。友達は東京の大学に入ってそこで漫画サークルに入ってんねん。ウチは合コンなんて絶対イヤやと言ったんやけど、その子が参加する人は男も女もみんな二次元好きやから安心しいやと言っててなあ、要はオタクのオフ会やねんな(笑)」
 スズカは男を隣に座らせないという条件なら参加してもいいと友人に伝え、友人もどうしてもスズカには来てほしいという事で、その条件をOKしたと言っていた。詳しくは聞かなかったけれど、どんな合コンかわからない私は頭の中で「みんなコスプレとかして参加するのかなあ」などと、よくわからない想像をしていたのだった。

 その後、スズカからは合コンの翌日に「合コン、いやオタクのオフ会無事終了」というメールがあっただけだ。学校にも来てないし、メールも電話もその後はない。スズカはiPhoneを使ってTwitterをやっているのでチェックしているのだが、こちらもずっとつぶやきがないまま。

 心配そうな、いや唯はいつも顔つきが深刻そうだからこの顔がデフォなんだろうけれど、そんな唯を安心させるために私は嘘をついた。

「スズカはなんかね、いい人が出来たみたいで学校どころじゃないみたい」

 真面目な性格の唯はかえって心配そうな顔になり、
「えっ、マジで?スズカって男が苦手なんじゃなかったっけ?どういう事?相手は誰?」
と興奮気味にまくし立ててきた。私の嘘は逆効果だったみたいだ。

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「春のひまわり 春のアサガオ」 2

 私は実は本当は専門学校なんて行きたくない。なんとなく美容師にでもなるかと思っただけ。美容師になって、まわりは女の子ばかりの環境で仕事がしたいだけ。エステシャンとかも考えたけど、就職先が限られていそうだから、そこは現実的に考えて美容師にした。

 ああ、今日も一人で学校から駅までの道をぼんやりと歩く。校内ではまわりの子達と楽しそうに話しているが、帰りくらいは一人になりたい。そんな雰囲気を充満させているから誰も声を掛けてこない。だが今日は違った。

「ハルカ、ちょっと待ってよ」

 唯が後ろから走ってきた。仲村唯。栗色のショートが似合う、ちょっと老け顔の子。同い年とは思えないくらいしっかりしているので私はよく「唯は子持ちな奥様だもんね」とからかう。唯はそれを言われるのは嫌みたいで、必ず真顔で怒るのだがケンカにはならない。

 唯がちょっとコーヒーでもと言うので、駅前の有名店なカフェに入る。私はこの店が苦手だが、唯はまんざらでもないみたいだ。唯だって田舎者なのだけれど。

 唯はコーヒーを二口ほど飲んでからシリアスな表情で聞いてきた。

「最近、スズカが学校に来ないけど、なんか聞いてる?」

 清水涼香、スズカはとてもおとなしい子で、漫画が大好きで、同人誌に小説も書いている子である。そういうキャラの子がなぜ美容師に?と思うのだが、本人曰く、美容師をやりながら携帯小説家をやりたいのだそうだ。洋服には無頓着な子だけれど、メイクや髪型にはウルサイ子で、人の髪をいじってみたくて仕方がないみたいだ。
 そう、スズカはよくわからない子だ。

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「春のひまわり 春のアサガオ」 1

 ようやく埼玉県での暮らしにも慣れてきた。池袋のお店も結構覚えた。満員電車は絶対好きになれないけれど、今住んでいる町も生まれた町と同じくらいに好きになってきた。
 いや、生まれた町にはもう辛い思い出しかないような気がする。

 私は山口県山口市で生まれ育った。父は農園をやっていて、母はそれを手伝っていた。一人娘の私は両親に可愛がられ育ったらしい。「らしい」というのは、そんな記憶はあまりないからだ。祖母はそう言っているのだが、私はその実感はない。父は毎日畑仕事に明け暮れ、夜は風呂上がりに酒を飲むとさっさと寝てしまう人であったし、母は毎日私に小言を言うばかりで優しくしてもらった事など憶えていない。

 そんな両親に転機が訪れた。私が小学校四年の春、畑の裏から突如温泉が湧いたのだ。
 父はチャンスとばかりに畑を担保にして借金をして、そこに温泉旅館を建てた。勿論、従業員も雇わなくてはいけない。父は畑を放り投げて旅館業に夢中になった。畑は一部だけを母が面倒見る事になっていった。

 しかし、いきなり新興な温泉旅館が繁盛するほど世の中は甘くない。一年が過ぎた頃には開業の時の借金に加え、更に借金が増えていき、春から夏に季節が移った頃、旅館は廃業となり、父の元には多額の借金が残った。

 旅館には元々乗り気ではなかった母は私を連れて山口を出た。父も土地と旅館を売り払い、残った借金を返済するために大阪に出て建設業で働いているらしい。

 私と母は、母の実家がある埼玉県朝霞市に住み、母は実姉の紹介で入った化粧品販売会社で営業をやっている。

 私は埼玉の中学を卒業し、都内の高校を春に卒業し、都内の美容師の専門学校に通っている。パッと見はどこにでも居そうな女の子。セミロングに茶色の髪。でも、スカートは絶対履かないというポリシーで、電車の中ではPSPでゲームをやっている変わり者である。
 生田春香18歳。専門学校生。それが私のプロフィール。でも、私には人にはなかなか言えないパーソナリティが幾つかある。それはイコールで私の悩みでもあるのだ。

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「星と海の記憶」 4

 七月の終わりの週末、私は小夜の漁港近くにある細い商店街の一角にある小さな居酒屋に入った。ここは初老の主人が一人で回している店で、6人座れるカウンターに、四人用のテーブルが三つある。漁港から仕入れてくる魚介類がとても美味しく、この町で私が一番贔屓にしている店でもある。
 扉を開けると先客が6人ほどいた。誰も座っていないカウンターに座り、地酒と今日のおすすめを三品頼んだ。
 少し酒が回り始めてきた頃、私は主人に聞いた。
「星見にセーラー服が制服な学校ってありますか?」
 主人は一瞬びっくりしたような表情を浮かべたが、「俺は知らんな」と首を捻りながら淡白に答えた。すると、後ろのテーブルで飲んでいた二人組の男の一人が「あるよ」と答えてきた。
「星見って言っても星見駅から郊外に向かってバスで一時間近く、確か40分くらいだったと思うけど、そこに星見審美学園という、この辺りじゃ一番の進学校な女子校がある。まあ、少子化の影響で来年からは共学になるらしいがね」
 私は振り向いて話を聞いた。その男の仲間が「お前なんで女子校の事にそんな詳しいんだ?」と冷やかしたが、「嫁の妹の娘さんが通っているんだ」との事であった。

 中年と初老の男しかいない居酒屋では、女子校に関する情報はこれ以上は望めなかったのだが、会話の流れでわかった事は、小夜から通うには遠い学校であり、この辺りの子供はほとんどが星見にある県立星見高校か星見商業に進学するという事であった。
 ただ、彼女がそのどちらの学校でもないからこそ、星見鉄道を利用しているのだと確信も持てた。星見高校も星見商業もバス通学で通う場所に位置する学校だからだ。

 私は何を調べたいのかもよくわからないまま、彼女の事をもっと知りたくなっていた。勘が鋭い方ではないのだが、存在が強く引っかかる。あのSOSみたいな独り言のせいだろうか。
 私はインターネットで星見審美学園に関わる事件について調べてみる事にした。何故そうさせたか、私にもよくわからないのだが、彼女の存在に何か事件性めいたものを感じずにはいられない。そんな根拠のない衝動が私を突き動かしてくる。

 「星見審美学園 事件」で検索すると、モニタには二つの事件が表示された。両方とも教師による不祥事であり、去年の出来事であった。

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「星と海の記憶」 3

 例えば都会の駅のベンチで隣に座ってきた女の子とは、おそらくこれが最初で最後で二度とその子とは合わない確率が高い。しかし、ここは田舎である。朝のラッシュに三十分に一本しか電車が来ないような無人駅だ。

 今朝は何日かぶりに彼女がいる。私が隣に座るとまた独り言を始めた。

「雲にはそれぞれ速度がある。速く過ぎていく雲、なかなか過ぎていかない雲」

 少女は独り言を言い終わると、あとはひたすら黙って海を眺めるだけである。

 翌日も彼女は私の隣で独り言をつぶやいた。

「海は空の色を映す鏡。空が元気なら海も鮮やかな色。空が不機嫌なら海も荒れた色を映す」

 次の日は、こんな事をつぶやいた。

「波はひとつひとつが強弱が違うから、その強さをよく見ておかなければいけない。強い波は岩を砕く。波と海を侮ってはいけない」

 少女は何故独り言を洩らすのか? 私に伝えたいメッセージなのだろうか? 確かめたいが、いきなり知らない男に声をかけられたら怖いであろう。ましてや、ここは他に誰もいない無人駅だ。気まずい間柄になったら、これから毎朝顔を合わせにくくなる。田舎だから他の交通手段もないだろう。
 とりあえず私は少女の存在の何か、ほんの少しの情報の断片を手にしたくて、小夜の漁港の近くにある小さな居酒屋を週末に訪ねる事にした。そこの主人なら何か知っているかもしれない。
 その店は、私が小夜に来てからの唯一の行きつけの店でもある。

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「星と海の記憶」 2

 暦は七月になった。暑さが増していき、7:36の上り電車を待つ二人は朝から顔に少し汗を浮かべながら、汐の香りのする風を浴びていた。
 そうなのだ。今日もホームには二人だけ。少し距離を置いてベンチに座っている。

 電車がやってくる時間まであと10分くらいになった時、少女は突然つぶやいた。
 「ヒロイウミヲ ヒロイココロデウケイレラレル。ソンナアナタノヤワラカナココロヲモットシリタイ。」
 初めて聞いた彼女の声は、か細く、高い、まるで壊れたオカリナみたいな繊細な音色だ。私は何を言い出すのだと身構えながらも、その意味不明な言葉達に戸惑いをおぼえながら、聞いていないフリをするのに精一杯だったような気がする。
 彼女は結局、それ以上の言葉は発せず、じっと乳白色の雲と藍色の海を見つめていた。

 そんな独り言を聞いた日の翌日から、彼女の姿は駅から消えた。あの独り言に綴られた言葉はもしかして何かのメッセージだったのであろうか?私に送られてSOSであったのであろうか?それを確かめたくても彼女はホームにいない。
 学校が早くも夏休みに入ったのかもしれないが、多少の胸騒ぎを感じた私は、この町にやってきて唯一出来た行きつけの飲み屋の主人に聞いてみようかと思い立った。主人は町の事情に詳しそうな事は常連客との会話で感じる。この小さな漁村に隣町まで通学している子がいれば、それなりに噂として伝わっている事だろう。ひょっとしたら、その子についてもう少し詳しい事がわかるかもしれない。
 私は何故、見ず知らずの少女にそこまでこだわっているのか自分でもよくわからなくなっていたが、あれからずっと耳を離れない、あの独り言の中に羅列された言葉達が、不思議な力と強さで脳をノックするのだ。

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「星と海の記憶」 1

 星見鉄道が年内いっぱいをもって廃止になる。そんなニュースをテレビのローカルニュースで知った朝、私はとりあえず自分の通勤の足の心配を始めていた。
 星見郡星見町小夜(さよ)。電機メーカーでシステム関連の仕事をしている私が四月から住んでいる町だ。町と言っても小さな漁村で、海沿いにある国道に面した築40年の平屋が私の現在の住まいだ。妻と幼稚園の娘を東京に残しての漁村暮らしは、会社の新工場が星見町に出来たための一年間の単身赴任が理由である。システムの運用が軌道に乗れば私の任務は終わる。正直、田舎は退屈だから早く東京に帰りたい。そんな事を毎日考える単身赴任三ヶ月目だ。

 私が月曜から金曜まで毎朝通勤で利用しているのは、小夜7時36分発の上り電車。無人駅である小夜駅は、漁村より一段ほど高い位置にあり、ホームからは海岸が見下ろせた。
 私が乗る電車の前後にはそれぞれ20分以上も間隔が空いているのに、ホームに居るのは毎日私と高校生らしき女の子の二人だけだ。小さいとはいえ漁村には当然他にも高校生はいる筈だが、高校生は国道を走るバスに乗ってしまうらしい。星見にある二つの県立高校はどちらも国道沿いにありバス停も学校の前にあるから、通学にはバスの方が便利なのだそうだ。
 それならば何故この女の子は星見鉄道を使って通学しているのだろうか?星見町ではなく、もっと遠い所に通学しているのだろうか?星見駅ではJR線が接続していて、乗り換えると星見町よりもっと大きな町に出られるのは確かだけれど。

 七月に入って通勤時間帯も汗ばむ道のりになった。相変わらず彼女と二人きりで電車を待つ朝な事は変わらない。
 小夜駅のベンチは大人が三人くらい座ったらいっぱいな簡素なベンチで、そのベンチを覆うように全長10mくらいの屋根が架かっている。駅舎は小さくて待合室はないから、暑いけれどこのベンチに座りながら電車を待つ。
 一人分のスペースを置いて、白いセーラー服の彼女が座っている。彼女は毎日黙ってじっと海を見つめている。毎日見ていて飽きないのかとも思うが、彼女は教科書を広げる訳でもなく、携帯をいじる事もなく、電車が来るまでじっと海を見つめているのだ。

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