日記・コラム・つぶやき

優しさの方法

去年、私の周りではアンハッピーな出来事がいくつもあった。
友人の友人がある日失恋した。その事を知ったのはその友人の友人が書いてるブログである。私は、失恋して悲しみ苦しんでいる姿をストレートに綴っているその姿に、彼女の強さを感じるとともに早く立ち直ってほしいから励ました。
しかし、こういう時の接し方というものは本当に難しい。彼女はありがた迷惑であるというようなリアクションをとってきた。私は初めはその反応が信じられなかったのだが、これは彼女が悪いのではない。励ました私のやり方が悪いのだと反省をする事にした。失恋というものはただ励ませばいいというものではない。

でも、そういう理屈は誰にでも当てはまるものではない。人によって違うのだ。とにかく優しく励ましてあげる事が必要なケースもある。私はそれをうまく使い分け出来ない自分に腹を立てているのだ。人を励ます時は、いつも以上に神経を使って対応しなくてはいけない。
それがうまく出来ないというのは、本当の優しさではないと思っている。私は本当に優しい人になりたい。

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優しさキャッチボール

 この季節になると思い出す事がある。そして、思い出しながら、優しさとは弱さでもあると改めて感じる。

 自分は八方美人では断じてないのだが、優し過ぎるところがあると自己分析している。それは長所でもあり短所なのだろう。でも自分はそれで今まで得をしたという実感が少ない。短所なのかもしれない。

 ある年の今くらいの時期、私は隣のデスクで一緒に働く同僚に恋愛感情を抱いていた。当時の自分は付き合っている相手がいたのだが、その相手とは周りから見ると付き合っているというには微妙な距離感があり、それが日常で顔を合わせる同僚に気持ちが惹かれる要因になったのだろう。
 だがその同僚は既婚者だった。

 私は優しく接して、お互い話も弾み仲良しな関係を築いていたつもりだったのだが、私が優しさという名のボールをたくさん投げる毎に、だんだんと相手は素っ気なくなっていった。既婚者だからあまり優しくされ過ぎても困る。そういう事だとわかってはいたが、人間は好きな気持ちが高まると止まらないものだ。以前のように楽しく毎日を過ごしたいと、更に優しさのボールを投げては更に相手が距離を作る。その繰り返しの日々になっていった。
 優しさというものはキャッチボール。一方的に投げても仕方がないのだ。相手は困るだけなのだ。理解はしているが、自分が制御出来なくなっていく。

 そんな頃、友人の彼女に思い切って相談をした。冬晴れの下、待ち合わせをした自由が丘の道を歩きながら、私は自分の悩みを伝え、もう人に優しくする事に疲れたと漏らした。
 彼女はこう言った。「優しさは○○さんのとても素晴らしい長所だから、優しさはなくさないで」。
 優しいばかりの人間なんて実は異性から見たら魅力がないのでは?と疑念を感じ、日々頭の中で浜崎あゆみさんの「Boys&Girls」の「いい人って言われたって、どうでもいい人みたい」というフレーズが渦巻いていた自分には、どこか救いの言葉にも思えた。

 結局、その同僚は1ヶ月後に退社した。会社の経営悪化で人員整理があり、私も同僚も会社を去る事になったのだ。一方的なキャッチボールになったまま、別れの挨拶もよく憶えていないほどあっさりした別れだったと思う。私自身も、優しい人間である事は止めない事にしたが、同時に同僚には諦めを決意していたのだ。

 月日が流れ、相手の気持ちになれば今は見えてくる。優しさのボールを一方的に投げている
状態なんてものは届いていない。そしてボールを投げ返さない事が答えだったのだと。
 あの頃の自分はどうかしていた。熱にうなされていたようなもので、本当に大切なものが見えていなかったのだと今は思う。その付き合っていた相手はその年の春に見合いをして、その相手と一年後くらいに結婚するのである。

 今でも自由が丘を歩くと、いや冬の晴れた日に街を歩くと、あの日友人の彼女が言ってくれた「優しさをなくさないで」という言葉が甦る。「いつかその優しさをちゃんと優しさで返してくれる人が現れる」という言葉と共に。

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ほんとはね。

ちびまるこちゃんの単行本がウチにある。単行本では全部がまるちゃんの話ではなく、巻末に数話分「小学生ではないまるちゃん」つまり、さくらももこさんの中高生時代の話が載っている。
その中で好きな話がお姉ちゃんの話。
高校生になったお姉ちゃんが親戚が集まると「お姉ちゃんは可愛いね」と人気者。それを中学生になったまるちゃん、つまり中学生なさくらももこさんが妬むのだが、お姉ちゃんはボソッとこういうのだ。
「親戚の人達にいくら可愛いと言われたって、好きな人に言われなければ意味がない」
数日後、お姉ちゃんが男の子に振られている姿をまるちゃんは見てしまう。そんな話だった。

私はこの話が心に残って何回も読み返してきた。自分もふと思うのだ。どんなに文章が上手いとたくさんの人に褒められようが、一番伝えたい人に伝えたい気持ちが届かなければ心からの満足感はない。どんなに話術が上手くておしゃべりしていて楽しいとたくさんの人に言われても、自分の心の中の気持ちを一番伝えたい人に届けられなければ嬉しくない。

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学生時代

中学時代の自分は人を笑わせるのが好きな芸人気質な人間だったが、中2の時にふとしたきっかけで大親友を失ってからテレビゲームにハマってしまい、いつしか学力は落ち、教師には強制的に志望校を変えられて、高校に入った頃にはすっかり周りを信用出来ない人間になっていた。

それでも何とか高校生活を過ごせたのは周りの友人のおかげだ。やはり友情は尊いものだと思う。
高校に入ってからの私はパソコンや漫画アニメにハマり、パソコンプログラムが色々載っている雑誌を学校に持ってきて、「こんな凄いゲームが出来るんだよ」と周りをノセていたが、それに乗っかってパソコンにハマってくれた友人は一人だけであった(苦笑)。でも、その友人はその後専門学校を経てプログラマーになったのだから、一人の人生に多大な影響を与えた事は確かだ。その友人は忙しいのでずっと会っていないが、毎年律儀に年賀状を送ってくれる。

私は高校では周りの大人を信用しないひねくれた生徒であったから教師からは可愛がられず、私自身も壁を作っていた。
そんな私は、SFアニメの評論をメインとした雑誌に傾倒し、批評というものの面白さに目覚めた。同時にアイドルポップスの評論をしている雑誌も知り、そちらは一般投稿を受け付けていたので投稿をした事がある。結果は不採用であったが。
ただでさえ大人に対して斜に構えていた自分は、SFアニメの批評、アイドルポップスの批評といった市民権の得られていないオタクジャンルの理論武装にハマり、更に世間を斜めに見る人間になり、パソコンやテレビゲームといったバーチャル空間に安らぎを求めていた。あの頃インターネットが一般的なものであったら自分はネット中毒になり、ブログで理屈を書き並べる嫌みな高校生になっていた可能性大である。

結果的には社会に出てから、私は些細な仕事に対してでも情熱とプライドを持って臨む大人達に出会い、また趣味もバイクというアウトドアなものに変化していったため、人間的には大きな成長を遂げる事が出来た。

やり直せるなら中2くらいからやり直して、志望していた大学を目指して、文章の勉強をしたい。でも、人生がこう転んでいったのも、きっと何かの縁なのだろう。
今、周りの友人に中学生に戻って勉強をやり直したいと言うと、もしそれで良い会社に入っていたとしたら、アイドルなんぞにハマってこういう事はしていないだろうし、どこにでもあるような平凡な人生だったのではないか?と言われる。平凡だから悪いとは言えないが、確かに今は今で悪くないのかもしれない。

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夢の旅人

初夢はいったい何を見たのだろうか?毎日夢は見ているが記憶が曖昧。ただ確かな手がかりがいくつかある。

毎日のように旅をしている夢を見ているらしい。私は色んな所を旅で訪れたがそういう行った事がある場所ではなく、見た事も行った事もない景色の場所ばかり出てくる。そして一緒に旅をしている人が大抵いる。その相手が誰なのか目覚めると記憶が曖昧。
たまに相手を憶えている時もある。そういう時は昔からの友人が相手だったりする。最近会っていない人達が夢に出てくる。
でも、記憶が曖昧な旅の相方はそういう友人ではないようだ。どうやら女の子らしい。なんとなくそんな記憶だけ残っている。

あるベテラン芸能人の方の話だが、その人の夢に見知らぬ町がよく出てくる。行った事のない見た事もない町なのに景色がやたらリアルだったそうだ。
ある日、その方が青森県弘前市を仕事で訪れた。弘前の町の眺めは、夢に出てきていた見知らぬ町のものであったそうだ。

私の夢に出てくる景色、相手の女の子もそういう予知夢なのだろうか?ちなみに、女の子は身長150台前半、色白セミロング。肝心の顔を憶えていない。旅をしている町は普通の田舎町である。

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決心

 一年前に今年の目標というテーマをここに書いて、結局なんだか流されるがままに時は過ぎていきました。相変わらず自分の状況は変わっていない気がします。
 それならばと2011年は大きな目標は掲げず、自分の中にひっそりと、しかし確かな決心を秘めた目標を抱き日々を過ごしていきたいと思います。
 今の自分はまず立ち位置をしっかり固めなくてはいけない身分であり、趣味だ遊びだ恋愛だなどと言っていられる立場ではないとは思うのですが、そういう状況だからこそ、自分の中で楽しみや生き甲斐になるようなものをしっかり持っておきたいとも思います。
 やはり人って、何か頑張れるものを抱えているからこそ、自分の能力や経験を超えた頑張りが発揮出来るように思うのです。
 2011年はそういう自らを突き動かすようなモチベーションを作っていける年に出来たらと、ささやかな決心は書いておきます。

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態度を映す鏡

社会に出てからの私は人間関係で苦労した。元々、我が道を行くタイプではあるけれど、そういうタイプは万人受けはしないから、味方も敵も作ってしまうのだ。みんなに好かれる必要はないと自分で思っているが、仕事での人間関係というのは合わない人とも一緒にやっていかないといけない訳である。

気に入ってもらえる人には、とことん気に入ってもらえた。自分は年下か、すごい年上に好かれる事が多かった。反面、合わない人とは、とことん合わなかった。こちらが避けてるつもりはなくても、避けられたり、時には嫌がらせを受けたり、なぜそうなってしまうのか?自分は敵を作るつもりはないのに。そう思ってきた。

ある時、ある人に言われた。「相手の態度とは自分の態度を映す鏡」である。
そうなのか。いや、そうなのだ。これは相手が仕事仲間に限らない。家族、友人、恋人、片想いの相手などなど。
それでも、そこまでわかっていてもなかなか変えていけないのが対人スキルというものだ。開き直りも必要であると社会で学んできたつもりだが、鏡に映る相手をなんとかしたいと思い、まだまだ空回りを続けていくのだ。

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冬の日

 今日から12月だ。私は12月生まれなので誕生月でもある。今日は結構暖かい1日だったが、これから少しずつ冬らしい気候になっていくのだろう。

 12月に生まれて得をした事はほとんどない。誕生日プレゼントはクリスマスとまとめたものにされるから、私はクリスマスプレゼントというものに縁がなかった。我が家は誕生日パーティーというものをやる習慣がなかったので、基本的には誕生日に忘れられない想い出と呼べるようなものはない。アイドリング!!!の遠藤舞さんも誕生日パーティーというものをしない家だったと、FC会員参加のFC主催誕生日パーティーで話したそうだが、そういう家はウチだけではなかったのかと安心するエピソードであった。
 とにかく、誕生日という一年の中の特別な1日が、周りの喧騒に消されそうな月なのだ。

 街は12月になるとにわかに忙しさを増してくる。みんな急ぎ足に見える。年末だから仕事が忙しいというのもあるのだろうが、近年はイルミネーションというのが街の風物詩になりつつあるから、この時期忙しそうにしている人のゴールは年末休みまでに仕事を終わらせる事ではなく、クリスマスがゴールで、それに向かって足早になっているような錯覚をおぼえる。
 私の住む街では割と昔からイルミネーションをやっていて、それが名物にさえなっていた。光の下で忙しそうに歩いていく人々を見ながら、何故人々はそこまでクリスマスという日にこだわりを持つのだろう?などと考える。12月に生まれた者の嫉妬かもしれないが、世間の注目がクリスマスに向き過ぎていて、12月にも日常があるという事が忘れ去られているように感じてしまうのだろう。

 それでも日々は動き続ける。冬のピリっとした空気は好きだ。冬生まれだから、12月に生まれだから、本当は冬も、12月も好きだ。心にそういう想いを密かに抱きながら、忙しそうな人々と共に街を歩く。そんな冬の日である。

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スカイツリー

 昨日、スカイツリーを撮影しに出かけた。浅草で降りて言問橋を渡り、業平橋駅から押上駅。京島の古びた住宅街から向島へ抜けて、再び浅草に戻り、今戸神社で参拝してきた。今戸神社は招き猫を奉った神社で、縁結びのご利益があるそうだ。自分には今恋人と呼べる存在はいないからお参りしてきた。

 色んな町からスカイツリーを見上げて、写真を撮り、青空、西日、黄昏とバックの色もいくつかのパターンで撮影出来たが、大きなスカイツリーを眺めると自分がなんと小さい事かと痛感する。当たり前な事ではあるけれど、その当たり前を気づかせてくれたスカイツリーに感謝したい。

 どんなにエラソウな事を言ったところで、人間は一人では生きていけない。それを自分なりに気づいたのは、以前目の病気で入院した時だった。医者や看護婦さんの支えがなくては五体満足な人間として過ごせない。私は人に支えられる事への感謝というものを、この入院で知る事が出来た。
 15歳くらいから二十代前半、目上の人間にラジカルな態度をとる事が多かった自分だが、入院で人に生かされていく事に気づいたような気がする。
 そして、健康な体でいられる事はとても幸せな事なのだ。そんな何気ない事を強く実感したのだ。
 普通にご飯を食べ、普通にテレビや本を見たり読んだり、普通に周りの人と会話をしたり、普通に歩いてどこかに行く。全て普段無意識に行なっている普通が、実はとても幸せな事なのだと気づいたのだ。

 スカイツリーを撮った写真を眺めていると、色が明るくもあり、悲しくもあるような絶妙な色だった。まだ建設中のスカイツリーは日々変わっていく。昨日私が写した写真は昨日しか撮れない写真。毎日は決して無駄に流れている訳ではないのだ。

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明日天気になれ

自分は割と根拠のない自信で気持ちを落ち着けさせるタイプで、そんな事だから、シビアな状況でも楽天的にいられるのだと自負している。根拠のない自信とやらは怖い。現実にぶち当たったら、精神的に玉砕する危険性が高いからだ。
ところが、自己暗示というやつが本物の自信に変えるのだろうか、「これだ」と感じた事は上手くいく事が多々ある。それで、調子に乗らないのは、痛い目にもあって来てるからだが。

人を好きになって、この人と仲良くなりたいなと思う時、その思いが強過ぎるとダメになる事も少なくない。気持ちが空回りしているのは自分でもわかる。
でも、不思議と気持ちが落ち着いている時は上手くいく。心の奥底で根拠のない自信が働いているのだろう。

そんな自分なのだが、やはりどこかでダメだった時の事もイメージしていたりする。傷つきたくないのだろう。そんなだからダメなのだとも思うが、そういう考え方は案外ポピュラーなのではないかとも思う。

中島みゆきさんの歌で「明日天気になれ」という歌がある。「何につけ一応は絶望的観測をするのが癖です」という歌い出しで始まる。夢も欲もあるけれど叶うとは思わない。泣いてばかりで嫌になる。という思いを綴り、「雨が好きです。雨が好きです。明日天気になれ」と歌う。自己矛盾。本音と建前。

傷ついている姿など人には見せたくないと、誰もが思っている。自分に嘘をつくために、根拠のない自信という予防線を張る人。自分に嘘をつくために、どうせ上手くはいかないと自信がないという予防線を張る人。
自分は前者だけでなく、後者の部分も持つ自分だったりする。どちらにしても、明日は天気になってほしい事には間違いない。

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