ペット

猫さんの闘病記

アメブロでやっている「明日葉通信」というブログに、私がツイッターでこの二ヶ月ほどの間に呟いてきた猫の闘病記録についてのツイートをまとめた記事を掲載させていただきました。

明日葉通信 「20140209」
明日葉通信 「20140210」
明日葉通信 「20140211」

あくまでもツイッターという事で具体的な話は避けていた点もあり、どこかにもう少し細かな記憶と記録を置いておきたいと考えました。
そこで、このブログなら訪問者も少なく、ひっそりとしているから良いだろうと考えました。ウチの猫さんが頑張って過ごした二ヶ月間。読んでいただけたらと思います。


1999年のGW、三白四日の東北一人旅から帰ってくると家族が増えていた。前に弟の家にパソコンのセッティングに行った時に会った事のあったアビシニア ンがウチにいた。子供が生まれた弟が「猫が赤ちゃんに何かすると危ないので」という理由でウチで飼ってくれと連れてきたのだ。雌で名前は「アチャコ」とい う。1996年の12月に生まれた猫だそうだ。

猫を飼うのは初めてだから色々と新鮮ではあったが、若くて元気な猫さんは毎日家の中を走り回ったり飛んだりしていた。でも、悪さやイタズラはしない猫で、 性格は穏やか。プライドが高いから人前では凛としているが、誰もいない所では甘えてくる。それがアビシニアンの性質らしい。なぜか自分にだけ甘えてくる猫 だった。

賢い猫さんは、こちらの気持ちを察するのがうまく、こちらの調子が悪いとおとなしく、落ち込んでると励ましに来るかのように遊びにやってきた。言葉は交わせないけど意思は通じていた。よく話しかけていたからかもしれない。
食いしん坊でよく食べる猫でグルメだった。焼津のマグロ缶が好きで、ミルクとアイスとチョコも好きだった。アイスは百円のアイスには目もくれずハーゲンダッツを愛した。

よく食べる猫だったからか、とても健康で病気にならず、そういう意味では手のかからない猫だったが、昨年の春先からよくくしゃみをするようになった。秋に なると血の混じったよだれを流すようになり、心配になり医者に連れて行った。歯茎が病気になっていた。もう年なので麻酔は打てないので抗生物質で治すしか ないと言われる。
しかし、抗生物質を飲むと体が痺れるのか歩くと転ぶようになり、こちらの判断で投与は止める。

11月も深まっていき寒くなってきた。病気はよくなっている気配はなく、12月になった。
私の誕生日の日、あんなに食いしん坊だった猫さんはついに食事をしなくなった。口が痛いのだろう。母と話し合い、週末に新しい医者に変える。そこの先生か ら、麻酔は問題ない事と、もっと早くここに来てくれていたら…と言われる。先生は暴れる猫さん相手に手際よく口の中の治療と、粘膜がおかしくなっていた左 目の治療をしてくれた。「もっと早くここに来ていれば」と複雑な思いに駆られながら、最後の望みをここの病院に託す事になった。

二回目の通院となった30日の検診で先生から「ウイルスに感染していて、それがどんどん回ってきている。人間で言うとガンのような状態になっています」と言 われた。その日初めて、もう長くはないのだと覚悟を決めた。秋の前には、「うちの猫さんはあと何年生きるのだろう?」とまだ実感出来ない運命の日について 考えていたのが、まるで遠い日のように思える。

大晦日、除夜の鐘のテレビ映像を見る。横では猫さんがヒーターの前で丸くなっている。新しい年が始まった。

年が明けても猫さんは元気がないままだった。柔らかい缶詰に変えても食べない。毎日手のついてない缶詰がゴミになっていった。猫さんはミルクとアイスを栄養にして生きている。

病院に行くと暫くは元気な日々がやってきて、注射を打った時など食欲が回復して鮭の缶詰を2つも食べた日もあった。
しかし、それも数日で終わる。やがて、薬も口にしなくなり、日に日に痩せ衰えてきた。丸々として触り心地の良かった背中は、まるで骨と皮だけのようなゴツゴツとした手触りに変わり、ツヤツヤだった毛並みもゴワゴワしてきた。
美人で凛々しかった顔が変わり果て、でも私は悲しい気持ちを押し隠して、それでも猫さんを可愛く思った。

1月になり、こうしてやつれてきた猫さんは、毎晩私の布団で寝るようになった。
元気だった頃は15分もして私がだいぶ眠気に包まれてくると安心して部屋を出ていった猫さんが、一晩くっついて寝ている。不安と痛みの中で闘っているのだ。

1/30、ライブから帰ってくると、猫さんがまた何も食べなくなったと母から聞かされる。部屋でじっとしていた猫さんは、もう余計な動きもあまりしなくなり、じっとしているばかりだ。でも、一緒に布団に入るといつもと同じように喉を鳴らして喜ぶ猫さん。
翌日1/31。仕事から帰ると猫さんが部屋で待っていた。部屋で帰りを待っているなんて久しぶりなので嬉しかったが、病状はどんどん悪化している事は明らかだった。

翌週、病院に行ってきた猫さんは少し元気になり、再び部屋を走り回ったりする事もあった。なぜか、夜に部屋で暖まっていると突然立ち上がり、部屋を出たり 入ったりの動きをするようになった。それが何を意味しているのかはわからないが、今までと何か違うのは確かだった。でも、少し動くようになったのでホッと してしまっていたのも確かだ。

2/7 金曜日。仕事から帰宅すると猫さんが風呂場にいる。風呂に入るために移動するよう言っても体を踏ん張って動かない。持ち上げて移動させる。その晩、一緒に 寝始めて間もなくに布団から出ていった。今年に入り一緒に寝るようになってから一晩中一緒に寝ていたから、すぐ出ていったのは久しぶり。そのあと、寝てい る親の所に行き、足を当てて起こしに来たそうだ。

2/8 土曜日。雪で一日家にいた。猫さんは寝てばかり。夜になると部屋に暖まりに来たが、突然出ていきトイレの所で砂を撒き散らした。まるで暴れていたかのような状態。
そのあと、部屋に戻ってきたが、しばらくして静かになったと思ったら粗相をした。躾のしっかりした猫なので明らかに異変である。ぐったりしている。声をかけているうちに少し元気になり歩いて部屋をでていく。
この晩は布団に入りに来なかった。

2/9 日曜日。朝からぐったりしている。ミルクも飲まなくなった。
言葉にはしなかったが、私は心の中で覚悟を決めた。でもなぜか自分でも不思議なのだが、午後になると少し出かけようという気持ちになった。昼過ぎに声をかけると足を動かし反応した。

14時過ぎに家を出る。数時間で帰ってくるつもりだったが、14:27に母から電話があったのを15時過ぎに気づいたのだった。
14:30 猫さんは永眠した。

猫さんが昼寝に使っていた宅急便の箱を棺にした。

2/10。私は休みだったので家にいた。夜、部屋の暖房を切り、棺を部屋に入れて一晩過ごした。部屋の寒さに夜中に何度か目を覚ましたが、空が明るくなってきた頃、布団がすごく暑くて目を覚ました。その暑さは一緒に一晩布団に入って過ごした時の、その暑さそのものだった。

2/11。横浜にある斎場に出発する。私は仕事で同行出来ないので、出発前に棺に声をかけた。「さよなら」ではなく「ありがとう」と。

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