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2011年8月

「春のひまわり 春のアサガオ」 1

 ようやく埼玉県での暮らしにも慣れてきた。池袋のお店も結構覚えた。満員電車は絶対好きになれないけれど、今住んでいる町も生まれた町と同じくらいに好きになってきた。
 いや、生まれた町にはもう辛い思い出しかないような気がする。

 私は山口県山口市で生まれ育った。父は農園をやっていて、母はそれを手伝っていた。一人娘の私は両親に可愛がられ育ったらしい。「らしい」というのは、そんな記憶はあまりないからだ。祖母はそう言っているのだが、私はその実感はない。父は毎日畑仕事に明け暮れ、夜は風呂上がりに酒を飲むとさっさと寝てしまう人であったし、母は毎日私に小言を言うばかりで優しくしてもらった事など憶えていない。

 そんな両親に転機が訪れた。私が小学校四年の春、畑の裏から突如温泉が湧いたのだ。
 父はチャンスとばかりに畑を担保にして借金をして、そこに温泉旅館を建てた。勿論、従業員も雇わなくてはいけない。父は畑を放り投げて旅館業に夢中になった。畑は一部だけを母が面倒見る事になっていった。

 しかし、いきなり新興な温泉旅館が繁盛するほど世の中は甘くない。一年が過ぎた頃には開業の時の借金に加え、更に借金が増えていき、春から夏に季節が移った頃、旅館は廃業となり、父の元には多額の借金が残った。

 旅館には元々乗り気ではなかった母は私を連れて山口を出た。父も土地と旅館を売り払い、残った借金を返済するために大阪に出て建設業で働いているらしい。

 私と母は、母の実家がある埼玉県朝霞市に住み、母は実姉の紹介で入った化粧品販売会社で営業をやっている。

 私は埼玉の中学を卒業し、都内の高校を春に卒業し、都内の美容師の専門学校に通っている。パッと見はどこにでも居そうな女の子。セミロングに茶色の髪。でも、スカートは絶対履かないというポリシーで、電車の中ではPSPでゲームをやっている変わり者である。
 生田春香18歳。専門学校生。それが私のプロフィール。でも、私には人にはなかなか言えないパーソナリティが幾つかある。それはイコールで私の悩みでもあるのだ。

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「星と海の記憶」 4

 七月の終わりの週末、私は小夜の漁港近くにある細い商店街の一角にある小さな居酒屋に入った。ここは初老の主人が一人で回している店で、6人座れるカウンターに、四人用のテーブルが三つある。漁港から仕入れてくる魚介類がとても美味しく、この町で私が一番贔屓にしている店でもある。
 扉を開けると先客が6人ほどいた。誰も座っていないカウンターに座り、地酒と今日のおすすめを三品頼んだ。
 少し酒が回り始めてきた頃、私は主人に聞いた。
「星見にセーラー服が制服な学校ってありますか?」
 主人は一瞬びっくりしたような表情を浮かべたが、「俺は知らんな」と首を捻りながら淡白に答えた。すると、後ろのテーブルで飲んでいた二人組の男の一人が「あるよ」と答えてきた。
「星見って言っても星見駅から郊外に向かってバスで一時間近く、確か40分くらいだったと思うけど、そこに星見審美学園という、この辺りじゃ一番の進学校な女子校がある。まあ、少子化の影響で来年からは共学になるらしいがね」
 私は振り向いて話を聞いた。その男の仲間が「お前なんで女子校の事にそんな詳しいんだ?」と冷やかしたが、「嫁の妹の娘さんが通っているんだ」との事であった。

 中年と初老の男しかいない居酒屋では、女子校に関する情報はこれ以上は望めなかったのだが、会話の流れでわかった事は、小夜から通うには遠い学校であり、この辺りの子供はほとんどが星見にある県立星見高校か星見商業に進学するという事であった。
 ただ、彼女がそのどちらの学校でもないからこそ、星見鉄道を利用しているのだと確信も持てた。星見高校も星見商業もバス通学で通う場所に位置する学校だからだ。

 私は何を調べたいのかもよくわからないまま、彼女の事をもっと知りたくなっていた。勘が鋭い方ではないのだが、存在が強く引っかかる。あのSOSみたいな独り言のせいだろうか。
 私はインターネットで星見審美学園に関わる事件について調べてみる事にした。何故そうさせたか、私にもよくわからないのだが、彼女の存在に何か事件性めいたものを感じずにはいられない。そんな根拠のない衝動が私を突き動かしてくる。

 「星見審美学園 事件」で検索すると、モニタには二つの事件が表示された。両方とも教師による不祥事であり、去年の出来事であった。

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「星と海の記憶」 3

 例えば都会の駅のベンチで隣に座ってきた女の子とは、おそらくこれが最初で最後で二度とその子とは合わない確率が高い。しかし、ここは田舎である。朝のラッシュに三十分に一本しか電車が来ないような無人駅だ。

 今朝は何日かぶりに彼女がいる。私が隣に座るとまた独り言を始めた。

「雲にはそれぞれ速度がある。速く過ぎていく雲、なかなか過ぎていかない雲」

 少女は独り言を言い終わると、あとはひたすら黙って海を眺めるだけである。

 翌日も彼女は私の隣で独り言をつぶやいた。

「海は空の色を映す鏡。空が元気なら海も鮮やかな色。空が不機嫌なら海も荒れた色を映す」

 次の日は、こんな事をつぶやいた。

「波はひとつひとつが強弱が違うから、その強さをよく見ておかなければいけない。強い波は岩を砕く。波と海を侮ってはいけない」

 少女は何故独り言を洩らすのか? 私に伝えたいメッセージなのだろうか? 確かめたいが、いきなり知らない男に声をかけられたら怖いであろう。ましてや、ここは他に誰もいない無人駅だ。気まずい間柄になったら、これから毎朝顔を合わせにくくなる。田舎だから他の交通手段もないだろう。
 とりあえず私は少女の存在の何か、ほんの少しの情報の断片を手にしたくて、小夜の漁港の近くにある小さな居酒屋を週末に訪ねる事にした。そこの主人なら何か知っているかもしれない。
 その店は、私が小夜に来てからの唯一の行きつけの店でもある。

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