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2011年7月

「星と海の記憶」 2

 暦は七月になった。暑さが増していき、7:36の上り電車を待つ二人は朝から顔に少し汗を浮かべながら、汐の香りのする風を浴びていた。
 そうなのだ。今日もホームには二人だけ。少し距離を置いてベンチに座っている。

 電車がやってくる時間まであと10分くらいになった時、少女は突然つぶやいた。
 「ヒロイウミヲ ヒロイココロデウケイレラレル。ソンナアナタノヤワラカナココロヲモットシリタイ。」
 初めて聞いた彼女の声は、か細く、高い、まるで壊れたオカリナみたいな繊細な音色だ。私は何を言い出すのだと身構えながらも、その意味不明な言葉達に戸惑いをおぼえながら、聞いていないフリをするのに精一杯だったような気がする。
 彼女は結局、それ以上の言葉は発せず、じっと乳白色の雲と藍色の海を見つめていた。

 そんな独り言を聞いた日の翌日から、彼女の姿は駅から消えた。あの独り言に綴られた言葉はもしかして何かのメッセージだったのであろうか?私に送られてSOSであったのであろうか?それを確かめたくても彼女はホームにいない。
 学校が早くも夏休みに入ったのかもしれないが、多少の胸騒ぎを感じた私は、この町にやってきて唯一出来た行きつけの飲み屋の主人に聞いてみようかと思い立った。主人は町の事情に詳しそうな事は常連客との会話で感じる。この小さな漁村に隣町まで通学している子がいれば、それなりに噂として伝わっている事だろう。ひょっとしたら、その子についてもう少し詳しい事がわかるかもしれない。
 私は何故、見ず知らずの少女にそこまでこだわっているのか自分でもよくわからなくなっていたが、あれからずっと耳を離れない、あの独り言の中に羅列された言葉達が、不思議な力と強さで脳をノックするのだ。

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「星と海の記憶」 1

 星見鉄道が年内いっぱいをもって廃止になる。そんなニュースをテレビのローカルニュースで知った朝、私はとりあえず自分の通勤の足の心配を始めていた。
 星見郡星見町小夜(さよ)。電機メーカーでシステム関連の仕事をしている私が四月から住んでいる町だ。町と言っても小さな漁村で、海沿いにある国道に面した築40年の平屋が私の現在の住まいだ。妻と幼稚園の娘を東京に残しての漁村暮らしは、会社の新工場が星見町に出来たための一年間の単身赴任が理由である。システムの運用が軌道に乗れば私の任務は終わる。正直、田舎は退屈だから早く東京に帰りたい。そんな事を毎日考える単身赴任三ヶ月目だ。

 私が月曜から金曜まで毎朝通勤で利用しているのは、小夜7時36分発の上り電車。無人駅である小夜駅は、漁村より一段ほど高い位置にあり、ホームからは海岸が見下ろせた。
 私が乗る電車の前後にはそれぞれ20分以上も間隔が空いているのに、ホームに居るのは毎日私と高校生らしき女の子の二人だけだ。小さいとはいえ漁村には当然他にも高校生はいる筈だが、高校生は国道を走るバスに乗ってしまうらしい。星見にある二つの県立高校はどちらも国道沿いにありバス停も学校の前にあるから、通学にはバスの方が便利なのだそうだ。
 それならば何故この女の子は星見鉄道を使って通学しているのだろうか?星見町ではなく、もっと遠い所に通学しているのだろうか?星見駅ではJR線が接続していて、乗り換えると星見町よりもっと大きな町に出られるのは確かだけれど。

 七月に入って通勤時間帯も汗ばむ道のりになった。相変わらず彼女と二人きりで電車を待つ朝な事は変わらない。
 小夜駅のベンチは大人が三人くらい座ったらいっぱいな簡素なベンチで、そのベンチを覆うように全長10mくらいの屋根が架かっている。駅舎は小さくて待合室はないから、暑いけれどこのベンチに座りながら電車を待つ。
 一人分のスペースを置いて、白いセーラー服の彼女が座っている。彼女は毎日黙ってじっと海を見つめている。毎日見ていて飽きないのかとも思うが、彼女は教科書を広げる訳でもなく、携帯をいじる事もなく、電車が来るまでじっと海を見つめているのだ。

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