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神岡の谷を濡らす雨

 東京から北陸に行くルートで一般的なのは、上越新幹線で越後湯沢に出て北越急行ほくほく線に乗り換えるか、東海道新幹線から北陸本線というルートだが、私が初めて北陸に行ったときは岐阜から高山本線を利用した。三月であった。
 飛騨川の渓谷に沿って走る岐阜から高山までの区間も良かったが、高山から先の風景が印象的であった。春の訪れとはまだ遠い山の斜面に積もる雪。小さな農村。細いホームと小さな駅舎。そこには「本線」という呼び名とは違う世界があった。

 その風景にまた接しようと、初来訪から四年後の四月に訪れた。前回は特急だったので今回は鈍行を利用して、ゆっくりと車窓と向き合う。

飛騨の小京都と呼ばれる高山で降りて、格子戸の店が並ぶなど江戸の風景を残す上三之町を歩いたりしたが、観光客の多さに疲れを感じながら高山を後にした。
 高山から先に現れた景色は四年前と同じ雪と農村の風景。山に行けばどこにでも見られる風景ではあるが、そこに線路が敷かれ、人家の少ない地を走っている事に、それが本線である事に旅情を憶えるのだ。乗客のまばらな車内でそんな事を思いながら、富山県に入った一つ目の駅猪谷(いのたに)で降りる。
14時37分発の神岡鉄道の列車に乗る。神岡鉄道は猪谷から出ている全長19.9kmのローカル線で、国鉄神岡線だったものを地元と民間企業が買い取った第三セクター鉄道である。
 前から見ると白いカマボコを思わせる丸みを帯びた形の小さなディーゼルカーには「おくひだ1号」という名前が正面にペイントされていた。その「おくひだ1号」は寂しいくらいに空いている。土曜日の昼下がりだから、もう少し学生客がいても良いとは思うが、向かい合わせのクロスシートが並ぶ車内にはお年寄りが数人居るだけだ。車内の中央部分に囲炉裏があり、それを囲むように「コ」の字に並べたソファのように座席が置かれている。乗客が少ないからこそ出来る演出なのであろう。

 列車は岐阜県に入り、高原川の上流に沿って走る。岩が荒々しい谷に沿い敷かれた線路は次々とトンネルに入っていく。全線の64%がトンネルだそうだ。人家は少ない。このような土地であるから乗客が少ないのも致し方がないのだが、何故そのような場所に鉄道が出来たのかと言えば、神岡に鉱山があり、その鉱山から出る硫酸を貨物輸送しなければいけないという使命があるのだ。会社の収入の7割が貨物収入という鉄道である。

 15時09分、終点の奥飛騨温泉口に到着。旅情を誘う駅名だが、温泉までは数十キロ離れており、一応バス路線はあるものの、観光ルートからは外れた駅である。
 コンクリート平屋の小さな駅舎を出て小さな駅前を眺める。観光バスが停まるような眺めではなく、人家も商店も少ない。山の手前の小駅といった佇まい。その小駅に喫茶店があった。「あすなろ」と書かれたその店に入り「あすなろブレンド」というコーヒーを飲む。300円。猪谷-奥飛騨温泉口の運賃450円。

 高山は青空だったが、山間である神岡は曇り空で今にも雨が降って来そうな空。私は隣の駅まで歩いてみる事にした。

 このあたりは神岡の中心部からは外れているようで、建物は少ないが、歩いていると次第に少しずつ人家が現れてきた。そして雨が降ってくる。谷が広がったあたりに架かる橋のそばに神岡大橋という駅があった。まだ出来てから真新しい小さな駅舎の待合室に入ると、地元の人が寄附した雑誌や本が棚に置いてある。
16時36分の猪谷行きも空いていた。雨の車窓は先ほどよりも眺めを寂しくさせる。雨に煙る山間の無人駅。小さな屋根付きベンチで奥飛騨温泉口行きを一人待つ女の子が見えた。この雨の中、どこへ行くのだろうか。

 17時04分、猪谷着。富山方面の高山本線の列車まで23分時間があるので駅前を歩く。猪谷は名前の通りに谷の駅だが、谷が広がったところの中腹に作られた狭い町である。人通りの少ない細い駅前通りには、古びた雑貨屋などが並ぶ。江戸ではないが、この眺めも昭和の田舎の原風景ではないだろうか。

 ストーブに火が灯る小さな待合室には観光客はいない。

 ※ 2004年、神岡鉄道の主要な収入源であった貨物輸送がトラックに切り替わり、更に一日の乗客数が100人以下である事から存続が困難になり、2006年12月に廃止となった。地元の市長が観光鉄道として再開する事を提案したが、選挙でその計画に反対する立候補者に破れ、観光鉄道化は頓挫した状態である。

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