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ユージン・スミスと水俣

 写真好きでカメラを趣味にしている人なら好きな写真家がいると思うけれど、私が外国の写真家で好きな写真家はユージン・スミスである。
 ユージン・スミスは、アメリカのライフという写真雑誌で活躍した写真家で、社会的メッセージが強い写真が並ぶ同誌において、自らの写真に随筆を加えた「フォトエッセイ」というスタイルの先駆者として活躍した。

 そのユージン・スミスが仕事で来日した時、新幹線の中でカメラ一式を盗まれた。
 困っていたユージン・スミスに、ミノルタがSR-T101という当時(昭和40年代)ヒットしていた一眼レフと、交換用のロッコールレンズを贈った。ロッコールレンズとは、ミノルタのレンズのブランド名で、六甲山から名付けられた。ミノルタは大阪の会社である。

 こんなエピソードがある。
 ユージン・スミスは飾らない人柄なのか、サントリーレッドという安ウイスキーを愛飲していた。それを知ったミノルタの関係者が、サントリーにサントリーレッドのCMにユージン・スミスを使ってもらえないかと打診した。日本での取材に於いて、スミスはお金に余裕がない状態で、ミノルタとしては援助の気持ちであった。
 しかしスミスは、「私は好きでレッドを飲んでいるんだ。人に勧めたりするつもりはない」と断ったそうだ。
 そんなユージン・スミスだが、ミノルタSR-T101の広告には登場している。ミノルタへの恩に応える気持ちであったのだろう。

 日本を取材していく上でスミスは、昭和40年代の日本に於いて社会問題になり始めていた公害病に注目する。

 スミス夫妻は熊本県に移り住み、月日をかけて水俣病の取材を始める。
 水俣病
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85

 社会科の教科書などで私も見た事があるが、有害物質に体を侵された患者の方々が、熊本県水俣市に大勢いた。ユージン・スミスは水俣病に苦しむ人達、子供達をSR-T101で撮っていった。
 そして、その写真をまとめた写真集「水俣」が発売され、世界中に衝撃を与えた。
 世の中が公害病対策について本腰を入れていくきっかけとなった事柄の一つ。そう言えそうな一冊なのである。

 ユージン・スミスは自身の展覧会で、こう語ったそうです。
〜私の写真の全てを憶えていただかなくて良いのです。たくさんの写真を見て何かを感じとってくれたなら、それで良いのです。一枚の写真で人の気持ちを動かす事が出来る。私はそう信じています。〜

 ユージン・スミスの晩年には悲しい出来事もあった。(下記のURLを参照)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%82%B9

 しかし、彼が心を込めて写真から伝えたかった事は世界中の人々に伝わった。
 水俣病に苦しむ子供に話しかけるユージン・スミスの写真を見た事があるが、彼の表情は優しさに満ちていた。

 私はミノルタのカメラ、レンズのファンだが、ミノルタを使う写真家で真っ先に思い浮かぶのがユージン・スミスである。ロッコールレンズのロゴを見ると、彼の志を思い出すのだ。

 昨日、ニュースは水俣病未認定患者の損害賠償問題の和解を伝えた。

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