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2010年1月

iPad

 今回の記事はmixiに書いた日記を加筆して転載したものです。(マイミク大歓迎です。希望の方はコメントください)
 iPadって名前、最初ネットで知った時は冗談かと思ったら本当だった(苦笑)。ウケを狙ったネーミングだろうか。
 自分の予想では、将来的には家庭向け用途ではOS付きパソコンは衰退すると思っている。ネット、音楽、写真、動画などなど。ビジネス用途以外のものって、今のパソコンの形態である必要がないと思う。
 こういうネットに繋がるシンプルな端末が本当の意味での「パーソナル」なコンピュータになるんじゃないかなと思う。家庭向け端末では、アップルがマイクロソフトをシェアで上回る日が来るかもしれない。

 ただ、個人的には、パネルを指でタッチするのは抵抗がある。画面が汚れそうでイヤ。ニンテンドーDSみたくタッチペンがいい。
 昔、アップルが発売していた「Newton Message Pad」という小型端末はタッチペン操作で、手書き入力も出来たのだけれど、あの頃のアップルの理想がようやく実現したのが、iPhoneであり、iPadなのかもしれない。個人的には、Newtonくらいの手のひらサイズのiPadも欲しい。
 それがiPhoneなのだろうけれど。

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ペンタックスの猫デジ

 ペンタックスから新しいコンパクトデジカメ「Optio I-10」が発表された。一眼レフ風のデザインなどと言われているみたいだが、このデザインはペンタックスがかつて作っていた世界最小の一眼レフ「auto110」のデザインをモチーフしたもので間違いない。名前も似ている。
 本家auto110は、110フィルムを使う手のひらサイズの一眼レフだからコンセプトが違うものだし、ペンタックスの公式サイトを見ると、ユーザーとして想定しているのは、昔の本家を知るカメラマニアではなく女性ユーザーなようだ。
 機能として面白いのは、ペットの顔をカメラに記憶させて(最大三匹まで記憶出来る)、そのペットの顔を自動でピント合わせする機能や、光源を星型に加工するデジタルフィルター「トゥインクル」という機能。このデジタルフィルターには「トイカメ」や「レトロ」などのモードも入っていて、写した写真を面白く加工出来る。
 そういう機能が入っていて、カメラのお値段も二万円台後半だから、基本的には遊びのツールとして使いたい人向けであり、スペックがイマイチだとか嘆いている男性マニアの方には向かっていないのだ。口の悪いマニアは「スイーツ仕様」などと早くも揶揄しているが、こういうお遊びカメラで遊ぶのも楽しい。良いカメラ、良いレンズで綺麗な写真を撮るだけが写真趣味ではないと私は思う。

 auto110自体も「とても小さい」という特徴はあるものの、110フィルム自体が描写追求を目指したものではなく、初心者向けな簡単フィルムだから、auto110はそんなに凄い写りのカメラではないそうだ。手のひらサイズ、こんなに小さいのに一眼レフで、レンズが交換出来るのがビックリ。そういう楽しみ方をするカメラ。
 そう考えると、そのauto110をイメージしたレトロデザインで、ペット認識機能などという愉快な機能を備えたI-10は、これはこれで正しいコンセプトと私は思う、正直ちょっと欲しい一台だ。
 ちなみに、ペンタックスのコンデジはシャッター音に「猫の鳴き声」というのが選べる。おそらくこのカメラにも搭載しているだろうから、まさに猫カメラなコンパクトデジタルカメラと言えるかもしれない。

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DESIRE

 先日、PSP版アイドルマスターSPパーフェクトサンを買いました。いわゆる美少女ゲームというジャンルのゲームソフトを買ったのは、一体いつ以来になるんだろう。

 セガサターンに昔ハマっていて、雑誌も買ったりしていた。セガサターンは面白いゲームがたくさんあり、ジャンルも多種多様だったから、自分みたいな様々なジャンルのゲームがやりたいタイプには素晴らしいゲーム機だった。
 その時代に、何本かセガサターン用の美少女ゲームを買った事がある。美少女ゲームの代表的存在ときめきメモリアルも買ったが、ああいう恋愛シミュレーションゲームはあまりハマらず、アドベンチャーゲームにハマった。
 ベタなところではサクラ大戦だが、特に面白いと感じたゲームは、黒の紋章というサスペンスアドベンチャーだった。
 このゲームはプレイヤーが探偵になって殺人事件を解決していく内容なのだが、これが何故美少女ゲームの範疇に入るのかと言うと、助手がロリータファッションに身を包んだ少女という設定だからであった。

 セガサターンの美少女ゲームで一番感動したのは、DESIREというゲームである。ある島に漂流した主人公が、島の研究施設で色々な謎に触れて、それを解明していくというゲームだ。
 自分を慕ってくれた少女は実は研究施設の偉いさんである老女の輪廻転生した姿であるという話なのだが、クライマックスにその謎が明かされ、永遠に命が尽きる事なく転生していく我が身の悲しさを問いかける老女の姿が切なく、少女と過ごしたシーンの数々が思い出されて涙腺を刺激した。

 ゲームとしてだけでなく、映画のような良さもあるゲーム。黒の紋章もDESIREも、そういう一本だったと思う。アイドルマスターSPでは、どんな想いを得る事が出来るか楽しみである。

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奥多摩駅

 東京都の北西部に青梅線という路線がある。多くの乗客でごった返す中央線の立川を起点として、多摩川に沿うような形で山間に入っていく路線だ。
 青梅までは郊外の平地の風景であり、武蔵野の雑木林と、奥多摩の山々を見上げる景色で、乗客も本数も多い。
 しかし、青梅を過ぎると線路は多摩川の上流に入っていき、景色は一変する。谷は深く、民家も減る。都内にこんな山深い所を往くローカル線があるのかと驚かされるが、次々と現れる駅はほとんどが無人駅だ。

 谷の崖を削って作ったような区間もあり、そういう場所から見下ろす多摩川の渓流は水が澄んでいる。
 ただ、ひとつ残念なのは走っている電車が中央線で走っているようなオレンジの通勤型電車な事くらいか。

 終点は奥多摩という駅だ。奥と付く地名だから、如何にも山奥の終着駅に思えるが、狭い駅前にはお土産屋などもあり、それなりに観光地の駅らしい佇まいだ。駅舎の形が山荘風のとんがり屋根なのも好ましい。

 細くカーブしたホームの先には大きなセメント工場があり、セメント用の貨車が停まっている。
 そのセメント工場の先を歩いていくと、林の中に錆びた線路跡が現れる。かつて、奥多摩湖のダムを建設する際に資材を運んだ貨物線の廃線跡だそうだ。
 このダムが出来て、奥多摩湖が形成された事で小河内(おごうち)村が湖底に沈んだ。川沿いの山村が湖底に沈み消えていくのはダムを作る上での宿命だ。

 奥多摩駅は昭和46年までは氷川駅と名乗っていたそうだ。今は東京都西多摩郡奥多摩町だが、かつては奥多摩町ではなく氷川(ひかわ)町であり、近隣の小河内村と古里(こり)村と合併して奥多摩町になったという。
 ダムに沈んだ村を偲んでか、ダムの名前は奥多摩ダムとかではなく小河内ダムという名前が付いた。駅名の方も昔の町の名である氷川のままで良かったと思うが、観光客のためには奥多摩が相応しいのだろう。

 しかし、都内にありながら、あまり大々的に観光宣伝されないのが好ましく感じられる奥多摩と奥多摩駅だ。
 急斜面の谷は、かなり圧巻であり、この辺りが国立公園に指定されているのが納得出来る眺めだ。

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人を明るくする力

 以前勤めていた会社の女子社員に、大人しくいつもオドオドした感じで男の社員に避けられていた人がいた。元フジテレビのアナウンサー有賀さつきさんに少し似ていた人なので、仮に有賀さんと書こう。

 その有賀さんは、仕事は少し要領は悪いが真面目だし、正月の仕事初めに晴れ着でやってきたり、鏡開きにお汁粉を作ったりと、人柄も良かった。
 あまり笑わない人だったが、私は有賀さんには普通に接していたので、たまに笑顔を見せてくれた。

 そんな有賀さんが熊本のデパートに一週間ほど、催事の応援に行く事になった。いつもオドオドしていて、俯き加減でボソボソと喋る有賀さんだから、接客出来るのかと心配になったが、それは杞憂に終わった。

 一週間後に帰ってきた有賀さんは、別人かと思うほど明るくなっていた。明るい表情で明るく喋る有賀さん。向こうで、従業員の人達に良くしてもらい、とても楽しく働けたらしい。南国熊本の空気と人が有賀さんを明るくしたのだ。

 しかし、有賀さんは一週間くらいでまた元に戻ってしまった。東京の空気と人は有賀さんには合わないのだろう。ちなみに、有賀さんは生まれも育ちも東京の真ん中ら辺なのだが。

 そんな彼女だが、社内では相変わらず人気がなく、男という生き物は、地味で人柄が良い子より、明るくて愛嬌がある子を好む事を嘆く私であった。
 私は、その後この会社を訳あって退社したが、仲の良い子達と毎月飲み会を開いていた。ある日の飲み会で、有賀さんが婚約をした事を知った。私は自分の事のように嬉しかった。見ている人は見ている。きっと相手の方は、有賀さんが熊本で出会った人達のような、明るい力を与えてくれる人なのだろう。運命の人は本当にいるのだ。

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流氷

 以前、とても心が折れた出来事があり、心身ともに脱け殻みたいになった事があった。その一年前には突然仕事を辞めなくてはいけない出来事もあったから、二年続けて似たような時期にSHOCK!を味わった。

 毎日、仕事をしていても力が入らず、このままではいけないと思った私は、青春18きっぷを使って鈍行で北海道に行く旅をする事にした。

 函館に着いてから、北海道フリーきっぷという特急も急行も乗れる切符を買った私は、その切符を片手に北海道の端を目指した。
 北海道最東端、つまり日本本土最東端の納沙布岬(のさっぷみさき)に行った。黒ずんだ波がゆるやかに流れる海。海岸道路には通る車も人もいなかった。吹く風は寒いではなく、冷たく痛い。私は、孤独を噛み締めながら岬の道を歩いた。

 翌日、列車を乗り継いでオホーツク海を見に行った。北浜というオホーツク海の目の前にホームがある駅があり、私はそこで降りて海岸へ向かった。

 雪に包まれた砂浜は砂浜ではなく雪浜になっていて、海は氷に覆われて真っ白だ。つまり、海岸と海面の境目がわからない。
 「これが流氷か」と、私は厳(おごそ)かな気持ちになり、海を見つめ、雪浜に指で文字を書いた。
 海面は凍り、どこまでも真っ白だ。上を歩いて遠くまで行けそうに思えた。これが「流氷」。自分の折れた心など、この壮大な自然に比べたらなんとちっぽけな事か。
 私は「人は生かされて生きているのだ」と、大自然に教わった気持ちになった。

 北浜駅の木造駅舎は無人だが、建物は喫茶店として使われていた。入口前の列車待合室の壁には、全国から流氷を見に来た人達が来訪した印として、使用済み定期券を貼り付けてあった。
 人は一人では生きられない。だからこそ何かにすがり、誰かを頼るのだ。この地を訪れた人達も、流氷に何かを求め、何かを得て帰っていったのだろう。

 凍えるような壮大な流氷も、春になれば氷は溶けて海は海になる。春がやって来ない冬はないのだ。

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音楽の町

 Jリーグの川崎フロンターレが先日、新体制発表会を川崎市高津区にある洗足学園の音楽ホールで行なった。会場には、抽選で招待されたファンクラブ会員1000人が来場して盛り上がったそうだ。
 ステージでは、新加入選手の挨拶などが行われたが、場所が場所だけに演奏会なども開かれ、洗足学園OGだという平原綾香さんがゲストで登場して歌を披露したりもあったそうだ。
 こういう新体制発表会は、普通は記者を集めてホテルで開催するのが定番で、それをイベント化して、しかも音楽イベントと共催するという試みは面白い。

 Jリーグはサッカーだけでなく色んなスポーツを住民に楽しんでもらうという目的も掲げている。Jリーグチームは総合スポーツクラブである訳だ。
 例えば、FC東京と東京ヴェルディはバレーボールチームも持っていて、バレーボールでもライバルだったりする。
 そして、スポーツだけでなく芸術活動や文化活動にも力を入れていこうという目的もある。

 川崎市は「音楽のまち かわさき」というキャッチフレーズの元、音楽振興に力を入れている。川崎駅西口には立派なクラシックホールがあり、川崎駅前は自由にストリートライブが出来るようになっている。プロもアマチュアも、色んなジャンルの音楽が活動をしやすい町を目指している。

 海側には工場がたくさんあり、地方から仕事で移住してきた人が多い川崎の町。今ひとつ町の一体感に欠けると長年言われてきたが、フロンターレや音楽を通じて、ようやく町の顔が出来てきたように思える。

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急行能登

 昨日、BSジャパンで放送された「田舎に泊まろうSP」の再放送を見ていた。石川梨華ちゃんが出ていたからだが、これが面白かった。他の方の回も面白かったが、石川さんのはラストも良かった。相手も泣き、本人も泣く。日頃、石川さんは団らんとか、ふれあいというものが不足しているのかもしれない。
 同じように不足している視聴者も泣ける。

 石川さんが行った場所は、石川県珠洲市であった。「すず」と読む。
 珠洲には行った事がある。夏に一泊二日で能登半島を旅した事があり、珠洲で泊まった。のどかな湊町である。

 能登半島に行く際に私が利用したのは、金沢行き寝台特急北陸であった。北陸は夏休み真っ只中とは思えないほど空いていたが、金沢に行く夜行列車はもう一本ある。急行能登だ。
 能登は昔の特急電車の車両を使って運転されている。つまり寝台はなく、リクライニングシート。
 その電車が老朽化したため、能登は三月のダイヤ改正で廃止される事になったそうだ。
 リーズナブルな料金で上野と金沢を結ぶ列車がなくなるとは、世の中のスピード時代を反映しているみたいで淋しい話だ。
 実は、私が珠洲に行った時のローカル線のと鉄道も末端区間がいつしか廃止され、珠洲は鉄道のない町になった。珠洲の海岸は今もあの頃みたいな風景なのだろうか?と思う。静かで穏やかな海。

 急行能登に乗って能登半島へ。実行してみたかった旅であった。

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目標です

 今年の目標を考えてみた。

 ワープアからの脱却
 まずは第一にはこれです。お金がなければ趣味に没頭も出来ない。やり甲斐のある仕事がしたい、趣味もいいけどまた仕事に燃える日々を送りたいとも思うけれど、まずは現実的に「お金」が無い事には何も出来ない。
 欲しい物を買ったり、恋愛成就とか、色々希望を描いたとしても、収入ありきですからね。
 自分はそんなにお金に対して執着心がない人間で、だから出世出来ないんだなと思うが、普通に遊べるくらいの収入は欲しい。大好きな旅もなかなか行けず、カメラやパソコンを買いたいのに買えないジレンマ。いや、自分が全て悪いのだが。
 それでも、体調を崩して仕事を辞めた2007夏の頃に比べたら、今はだいぶ良くなった。もう復調したといって良いかと思う。

 そして、今年は遠くに旅に行きたい。目的地は鹿児島・宮崎をメインに九州の旅。大雑把だがプランも考えた。そうやって想いを先走らせるのもまた一興。

 カメラも色々買いたい。今年は中判フィルムの一眼レフも欲しい。良いのが撮れたら雑誌の月例コンテストに送ってみたい。

 旅や芸術面の楽しみも良いが、今年は読書も力を入れていきたい。元々、活字中毒な方だったから、色んな本を読みたい。本は読めば読むほど良いものだと思っている。名作に限らず怪作やラノベまで色々楽しみたい。
 ラノベは買った事がないのだが、野村美月さんの「文学少女」シリーズは面白いらしく、ラノベはちょっとなあという人ほどオススメらしいので興味かある。自分の「面白そうだ」という勘は結構当たるので、それを信じて近々買ってみたい。

 そして、今まで通りの目標として「自分と関わる人達に何かを与えていきたい」。知り合えて良かったと思われるような人間になるのが目標です。

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さくら市

 図書館で借りてきた「生まれる地名 消える地名」という本が面白かった。平成の大合併で消えていく市町村名。そして、生まれる地名。
 世論を揺るがせ、あまりの反対意見に取り下げとなった「千葉県大平洋市」、「愛知県南セントレア市」などは実現しなくて良かったと思っているが、「南アルプス市」、「四国中央市」、「伊豆の国市」など、真面目に考えたのか?と言いたくなる地名も少なくない。地名というのは歴史が表現されているのだから。大事にするべきである。

 私が個人的にガッカリした地名は、「栃木県さくら市」である。名前だけ聞いても、一体どこら辺なのかわからない地名だ。
 さくら市は、氏家町と喜連川町が合併して出来たそうだ。喜連川は「きつれがわ」と読む。温泉があるのどかな山の麓の町だ。
 実は昔、喜連川温泉に行った事がある。いわゆるデートという日帰り旅だ。さくら市などという地名になってしまい、思い出も遠くになりにけりという淋しい心境です。

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ポピュラーソング

 昨日、某掲示板で「アイドルソングなんてダサい音楽、おしゃれな若者は聴かない」と力説している自称若者がいた。アイドルソングの出来不出来に盛り上がっているオタク、バカじゃねーのという論調であった。

 私も高校生くらいの時は流行歌を聴いていた。だが、流行とは違うポジションにいるマニアックな音楽にも手を出していたし、昔の流行歌も好きであった。

 十代は特にそうだと思うが、自分を良く見せたい、自分が回りから外れていたくないという感情を持つ事は極めて普通で、それは極めてその他大勢な無個性人でもある。
 例えば、高校生年代が回りに右へならえとなりやすい習性を利用して、中高生をメインターゲットにした一儲けが巧いのがエイベックスだが、まあそういう音楽があっても良い。グルメばかりが食べ物ではない、ハンバーガー店もちゃんと存在価値があるように、売るための音楽にだって存在価値はある。

 だが、この自称若者さんみたく、「おしゃれな若者」が聴く音楽が正統派で、そういう人達が聴かない音楽は下に見る。特にアイドルポップスなんて嘲笑の対象でしかないという考えは、正直言って物事を浅くしか見ていない証明であると言わざるを得ない。

 私は、今の流行歌も気に入れば聴くし、音楽ジャンルの立ち位置に格付けを付けるなんて愚かな行為だと思っている。逆に、クラシック愛好家がポップスやジャズを見下す人がいる事も残念に思っている。
 そして、音楽を聴くという事に年齢は関係ない。ゲームや映画のX指定やR指定じゃあるまいし、対象年齢とかないのである。そして、おしゃれな「若者」が聴くから格が上がるなどという事もない。

 私は、その自称若者さんに色々伝えたかったが、彼は言いたい事だけ叫びまくるとスレッドから去っていった。
 オタクをバカにする人というのも、自分に自信を持てない者が、自分より格下の人間を決めて優越感に浸りたいだけでもあると思うのだ。

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元気+

 クリスマスの頃から続いていた偏頭痛や腰痛が、今朝起きたら軽減していた。頭はかなり良くなったようだ。サウナみたいな会場内から、あまりの暑さにTシャツのまま外に出て、風の冷たさに慌てて上着を着直したというのに、風邪はひかなかった。
 やはり、ストレス発散はコンサートが一番だったのだ。単純過ぎて自分がアホらしくなる。

 ストレスが溜まっていそうな事はわかっていたから、近々三崎の辺りに写真を撮りに行こうと思っていた。
 とりあえず計画は実行するつもりだ。癒されに三浦に行く。色んな事で混乱をしているかもしれない自分を冷やすために。

 自分のハンドルネームは、三浦を舞台にした漫画の主人公の名前からつけた。読者や周りの人、つまり自分と関わる人達を、その主人公みたく癒せたら良いなあ。そんな願いが込められた名前。
 人を癒す前に、自らを癒さなければと思うのです。

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大きいカメラ

 今日、中野サンプラザでモベキマスしてくる前に、新宿、中野と中古カメラ屋巡りをした。
 時代の流れなのか、フィルム使用のクラシックカメラを扱っている店は、日曜というのにお客さんが少なかったが、デジタルカメラをメインに販売している店は賑わっていた。

 自分の今年の購入目標の一つである、ペンタックスのデジタル一眼レフの値段をチェックしたりしつつ、中判フィルムカメラもチェックしていた。中判一眼レフを買う事も目標の一つである。
 一昔前は画質を要求される商業写真、すなわちカタログやパンフレットの写真や、ポスター写真、アイドルの写真集などは中判カメラが当たり前であった。
 一般的なフィルムよりもサイズの大きい、120フィルム或いは220フィルム、別名ブローニーフィルムと呼ばれるロール式フィルムを使う中判カメラは、サイズが大きい分だけ画質もきめ細かく、人物や風景を撮るのに最適だ。
 ところが、時代はデジタルの簡便さを求め、商業写真も編集のしやすさなどを理由にデジタル一眼レフに移行しつつある。アイドルのグラビアは修正しまくりで、立体感の乏しい、ただ色鮮やかな写真ばかりになった。ここ4、5年の間に変化していったのだ。
 それ以前の写真集を見て現在の物と比べれば、知識のない人でも画質の違いは一目瞭然。

 フィルムを使って写真を撮るのは何かと面倒でもあるのだが、ゆっくりと風景を眺めながら中判カメラで写真を撮ってみたいと時折思う。カメラだって、スローライフが大事なのだ。

 ショーウインドーに並ぶ中判カメラは、ごつい機体を黒く輝かせて鎮座している。
 その姿は、どこか寂しげであり、現役から退いたと言うような黄昏感が漂っていた。
 勿論、カメラ達はまだまだ現役で使えるボディなのだが。

 ペンタックス645、ペンタックス67、マミヤ645、マミヤRB67、ブロニカ、ハッセル、フジなどなど。
 私は、ローカル線で運転されている蒸気機関車を思い出すのだった。

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オホーツク海

 鉄道紀行作家の宮脇俊三さんの名著「最長片道切符の旅」のメモを元に一冊の本に仕上げた「最長片道切符の旅取材ノート」を間もなく読み終わる。
 同じルートを二度通らなければ、どんなに大回りをしても一枚の切符として発行されるという規則に沿って作られた、一筆書きルートの切符の旅。北海道広尾から鹿児島県枕崎までの34日間の旅の事を書いた本だ。

 自分もこういう長旅をしてみたいと思いながら読んでいるが、行くとしたら時期はいつが良いだろうか。
 自分の旅の記録を振り返ると、1月、2月は旅に行った回数が極端に少ない。寒いから出不精になる訳ではなく、3月や4月に遠出の旅をする事が多かったので、自然と自重気味になっていただけだと思う。

 1月中旬から2月は旅行者は少なく、いわゆるシーズンオフである。旅は混んでいないのが望ましいから、実は快適な旅が出来そうなシーズンだ。
 私は、1月下旬から2月の内の季節にオホーツク海沿岸の町を旅してみたいと以前から思っている。流氷の季節である。
 冬の北海道は寒いを通り越して痛い感覚の冬であるが、そんな凍てついて痛い季節に、カメラを持ちながら旅をしてみたい。寒さによる電圧低下を考えてデジカメだけではなく、機械式シャッターのマニュアルカメラも一台持っていきたい。
 オホーツク海沿岸の町で泊まった事のある町は網走だけだが、遠軽(えんがる)、紋別、湧別あたりは泊まってみたい町だ。地名的にも旅情を誘う良い地名だと思う。
 好奇心で冬に訪れるのは、地元の人に対しては失礼だと自覚しているが、冬のオホーツク海沿岸はとても行きたい場所のひとつだ。

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癒し

 今日は、サッカー天皇杯決勝を観てきました。自分にとっての毎年恒例行事。
 冬のサッカー観戦は寒さとの戦いだが、自分はクリスマスの日に偏頭痛に見舞われてから、未だに軽い頭痛が続いている。
 そして、年末は腰痛まで始まったせいか、お腹も痛い。
 まあ、ストレスなんだろうと思っている。コンサートに2ヶ月以上行っていないから、発散させる場がなく溜まるストレス。
 今週は既に三回飲み会やっているが、ビールは勿論、ウイスキーは飲んでも飲んでも酔いが大して回らないから、体力は問題ないのであろう。疲れも感じない。
 でも、頭痛と腰痛でどこか行きたい的な意欲が今ひとつ湧かない。

 コンサートでストレス発散もいいが、根本的解決は心の解放だと思うのだ。誰かに心を解放したい。でも、誰でも良い訳ではない。
 誰がいいかな。なんとなく頭には、さゆが浮かんだ。さゆと色々話をぶつけ合えたら、この痛みは治るのか?
 えっ、どの痛み? 頭、腰、心。

 心妓体、どれか欠けても人間はダメ。サッカーも同じ。バラバラな心と体では勝てない。
 だから、心を解き放ち、また違う自分に会いたい。

 癒しという言葉は決して軟弱ではない。心を鍛えるために行なう行為だ。

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